meditation

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長いこと、よくわからないけれど近づいていきたいもの がありました。

どのような状態で "それ" が実現されるのか、

読み物や映画などで情報を得てきたのだけれど、

例えばセミナーに参加して習得するというのは、

どこかしっくりきませんでした。

だから、"それ" を長いこと意識してきただけです。



なぜ瞑想を習おうとしなかったかというと、

それは究極の個人的体験のように思えていたからです。

人にはそれぞれの来歴があります。

幸福や愛、平和というイメージすら、

来歴や価値観に応じて、多様なものではないでしょうか。

でも、互いに共有していると信じて疑わない観念ですよね。

瞑想について、

もしかしたら、私の中に自然発生する時が来るのでは、

"いわゆる瞑想"が身につくときが来るのでは、

と密かに待ち続けていました。

それはなまけものの発想かもしれません。

でもそうしたら、瞑想は、自分が本当に困ってしまったときにやってきました。

今では瞑想が、光の供給源と思えるようになりました。

光は、暗いイメージを手放すのに役立つエネルギーです。

手放した結果として、心がからっと軽くなり、

今日一日の一歩を踏み出せる自信が湧いてくるように思います。

あまりこのような自己流を話すのもどうかとも思いますが、

この私のささやかな希望の芽を分かち合いたいと思いまして。


芽吹きの春は、どんどん進行しているようですが、

今日は小休止。風が冷たく、ひと雨来そうです。



# by raisinsand | 2018-04-05 10:26 | Comments(0)

gift to you ...

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いつものようにベランダに出ると、

小鳥の澄んだ囀りが、いろいろな方向から聞こえてきました。

少し遠く、霞んだように見える香貫山には、

まだ山桜がぽっぽっと塊になって咲いている様子。

五月並みの陽射し。そよと吹く風。

薄手のニットも洗ってしまおう、と思いつきました。

洗剤は、10年来愛用している「海へ」を、

ここ実家でも普段の洗剤として使うようになりました。

海洋タンカー事故の処理研究から生まれた、

生分解する洗剤ということで、

水にも人にも負荷が少ないというコンセプトが気に入っています。

天然のラベンダーとベルガモットの精油の香りも好きです。

綿や麻ものはもちろん、ウールにもシルクにも使えるオールマイティー。

初夏の陽気の中で、じゃぶじゃぶと水仕事をするのは快いものですね。

昨年の今頃は、

このような長閑な気持ちではいられませんでした。

当時は、

『「敵」は自分の内側にも存在している』

というひとつの現実と向き合わなければならない時期でした。

人生はよく道に喩えられます。

さらに比喩としてですが、

罠、というものが、人生の歩みの途上に、

確かに仕掛けられているのかもしれません。

でも実は、その罠とは、変化の時や危機を迎えた際、

問題や障壁への向き合い方を変容させてくれる"仕掛け"でもあるようです。

今そのことを学びつつあります。




# by raisinsand | 2018-04-04 11:42 | Comments(0)

colors of the world

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ミュージアムに入り最初に目にしたのは、

雲中供養菩薩像の彩色が復元された

1体の模刻像でした。

その彩色。

極楽的というのか、

痛みを忘れさせてくれる一種の快楽というのか。

視覚を通じてもたらされるものに、

魅了されました。

色による体験は、

ふとした瞬間に蘇ります。

そして蘇りながら、

いつしか褪せていく。


花の季節です。

この世界、あの世に匹敵する(?)美しい色で彩られています。

私はどちらかというと、

おとなしい色、静かなグラデーションに惹かれます。





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# by raisinsand | 2018-04-01 17:54 | Comments(0)

fluffy gnocchi

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じゃがいものニョッキをつくった。

小学生の時、一度母とつくったことがあり、それ以来の久しぶりのことだ。

その頃ちょうどイタリアンブームというのが起きていたのだと思う。

小学生が読むようなものにも、家庭で手軽にイタリアンを楽しむレシピが紹介されていた。

ティラミス、という耳慣れないデザートにも挑戦したことを憶えている。

まだ地方のスーパーで"マスカルポーネ"が買えるような時代ではなかったから、

レシピではクリームチーズを使うと指示されていたと思う。

グラタンに使うガラスの耐熱皿に、

手作りした不揃いなビスキュイを珈琲液で湿らせたもの、チーズの層を重ね、

最上面にココアパウダーをふり、冷蔵庫で冷やす。

初めてのティラミスは、それはそれは眩しくて、美味しかった。

今でもガラスの器を家族で囲んだ時の映像が鮮明に蘇ってくる。

一方、初めてのニョッキはいまひとつだった。

そのいまひとつさ加減を微妙に憶えている。

がんばってつくったものがあまりおいしくないことに落胆し、

でも食べきることができず、残りを母に押し付けてしまった。

今思えば、得意ではなかった"すいとん系"の味がした、というだけのことだった。

ところが先日こしらえたニョッキは全く違った。

ニョッキのひと皿に幸せを感じた。

ゆでたじゃがいもを温かいうちに潰し、

強力粉を加えて良く練り合わせる。

パルメザンチーズと卵液を加え、さらにこねる。

まとまった生地は、打ち粉をした台の上で手のひらを使って棒状にのばす。

それをナイフでカットしながら、親指とフォークの背を使ってひとつのニョッキに成形する。

ニョッキたちを白玉団子のように茹で、

浅蜊の出汁やブランデー、白ワインなどを加えた生クリームのソースで和えた。

フライパンの中でニョッキが十分にソースに絡んだら火からおろし、

さらに湯がいた菜の花、おろしチーズ、オリーブオイルを加え、

全体を乳化させるように混ぜて仕上げる。

白ワインにぴったりのじゃがいものニョッキだった。

昔の記憶とリンクして、ニョッキは、愛すべきニョッキとなった。




# by raisinsand | 2018-03-26 15:05 | Comments(0)

twinkled in the sky

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そろそろ三月も半ばに差し掛かろうという季節。

陽の当たる間は暖かくても、

日が暮れれば急に冷え込む。

昨日の夜空も、冬みたいに澄んでいた。

沈丁花の仄かな香りが冷たい外気に混じる。

立ち止まり、新鮮な空気もろとも吸い込んだ。

空を見上げると、

シリウスの青白い輝きがひときわ目を惹く。

おおいぬ座はオリオンを追いかけている。

これらは春先の夜空に親しみを感じさせてくれる。

漆黒の闇に撒き散らされた星粒の、

輝きの強弱や色の微妙な違いを眺め、

憶えている惑星や星座を見つける時間は、

子供のころから大好きだ。

でも昔とは、眺めるときの心持ちが少し違う。

宇宙の誕生や解明されない天体の謎に、

想像力をかきたてられワクワクしていたころと、少し違う。

夜空に繰り広げられているのは、

遥か彼方の静寂と、星々の神秘的な煌めきばかり。

日中は明るすぎて見えず、感知しえない世界の実相が、

ただ茫漠と広がっているように見える。

その、完全に手の届きそうもない世界に向かって、

祈る気持ちが湧いてくる。

宇宙も、地球も、すべて、

ゆらぎ、活動し、変化を続けている。

不安定な世界で、生かされている。

光ばかり追い求めていては、自分都合になる。

闇の広がりに自分という存在を置くことから、

私の祈りがはじまるような気がする。




# by raisinsand | 2018-03-12 11:07 | Comments(0)