breeze in April

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苔がふさふさと生えたところに木洩れ日がちらちらと射して

四月の風。

光にゆらめく苔を眺めるのは飽かぬことです。

すぐ目の前に美しい昆虫がひらりとやってきました。

瑠璃色の胴はほっそりとして、

止まっている間、背中の上に重なる二枚の羽。

とんぼかな、、、

でもとんぼって4枚の羽がついていたような。

いくらこちらが視線を送っても、

とんぼらしき美しい虫は、逃げようともしませんでした。

首を縦に振ったり、口をぱくぱくさせたりしているので、

その見慣れぬ虫に親近感すら湧いてきて、

あの複眼の視野に、私もいるはずなのに、、、

そう思って立ち上がろうとした瞬間、ぱっと羽ばたいて行ってしまいました。

木洩れ日はちらちらと苔の上に落ちてきて、

うぐいすがケキョ、と鳴きました。




# by raisinsand | 2018-04-16 20:00 | Comments(0)

iris deva

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嵐の前日、庭のあやめが咲き始めました。

激しい風雨で倒れてしまわぬよう、やさしく支柱にくくりました。

今朝方、一輪倒れているのが見えました。


倒れていても、花は動揺する様子もなく、

大地とつながり、

完全な美しさを保ち続けていました。

優雅です。

風が吹いても雨に打たれても、

花は、美しく咲く、という花の生命の目的と共に在り続けるのですから。

そして時が来れば静かに枯れ、大地に還ってゆきます。


花ほどの完全さから、あまりにほど遠い私は、

風が吹けばかんたんに、目的への道から吹き飛ばされてしまう。

だから、静けさを求めつつこう問います。

あなたはどう在りたいのですか。




# by raisinsand | 2018-04-15 08:17 | Comments(0)

rediscover the azuki bean

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肌寒い雨降りの日、小豆を煮ました。

餡ってこんなに美味しいのだな、と感激した時の記憶を辿って。

先月のこと、久しぶりに京都を訪ねました。

そして目的地への道すがら、

お昼の腹ごしらえに少々足を延ばして、

桂離宮のすぐそばにある老舗の和菓子屋さんに立ち寄りました。

にゅうめんではんなりと空腹を癒し、

お目当ての麦代餅(むぎてもち)を焙じ茶と共に味わいました。

おくどさんで炊いたという餡は、

小豆本来の渋みをほのかに含んで滋味深く、

お豆さんひと粒ひと粒の存在感をも味わえる食べ心地でした。

餡を包みこむ真っ白できめ細やかな餅は、

コシが強くしっかりしていて、大変な満足感。

麦代餅ひとつで、

小豆の力はここまで引き出せるし、こんなに美味しいよ、

と教えられたようで、幸せなひとときでした。

中村軒は、昔からの製法を真摯に守っていらっしゃるそうですが、

私も、小豆をもっと信じ、おいしくなあれと想いを込めて鍋に向かうことにしました。



# by raisinsand | 2018-04-11 11:22 | Comments(0)

from her wild garden

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春の味は、野生の味です。

おいしいものが野山やお庭からやってきます。

今朝は、御殿場で掘ったという竹の子をお裾分けにいただきました。

竹の子ごはんや竹の子きんぴら、竹の子のお味噌汁など、

わが家の定番のものは、つい先日楽しむことができたので、

お次はキッシュと行きましょうか。

竹の子・蕨・ベーコンのキッシュ。

昨日、母が朝市で美しい蕨を買ってきました。

この頃は週末毎に焼くキッシュ。

はじめのころはパート・ブリゼとアパレイユ、なんて風にがんばっていましたが、

最近はもっぱら、手元にあるマクロビオティック料理のレシピ本のキッシュを参考に、

さらに私の作りやすいようにして、焼いています。



母が手入れをしているお庭には、

まだ若い蕗がたくさん出てきています。

蕗のさっぱりとした佃煮も、この春すでに

よく食卓に登場しています。

茎の直径がおよそ5ミリから7ミリほど、

葉っぱもまだふわふわなので、

茎に葉っぱをつけたまま、

大鍋でぐらぐら煮たった湯に通し、

その後水でさっと洗って刻みます。

煮汁は、酒・味醂・りんご酢・醤油、水少々。

葉と茎の食感がよくなるまで、

炒りつけるようにして煮てゆきます。




# by raisinsand | 2018-04-08 09:06 | Comments(0)

spirit of the wind

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夜からの、あまりに激しかった嵐が去りました。

よく洗われたな、と思わせる清涼な風が、まだ時折突風のように吹いてきます。

ここ数年、台風に限らず風雨の激しさが増していると感じるようになりました。

私がより臆病になり、そう感じるようになったということもあるかもしれませんが、

気候変動が着実に進み、

自然の力の強大さが、より分かりやすい現象としてあらわれるようになったということも

やはりあるのではと思います。

夜中の嵐に心細さを感じたとき、手に取るのにふさわしいと思える本を、

友人がプレゼントしてくれました。


"To Honor The Earth" by Dorothy Maclean & Katheleen Thormod Carr

~ 大地の天使たち ~



この本は、数ヶ月前新天地へと軽やかに旅立っていった友人が、

何を大切にしていたのかを知らせてくれる、

今となっては私の宝物。


昨夜開いたページには、このように書かれていました。


私たち、風の精霊の本当の性質がどのようなものか、あなた方は知りません。

やすらかなそよ風なのか、吹き抜けてゆく強い風なのか、たけり狂うたつ巻なのか、

あるいはそれさえも超えたものなのか、わかっていないのです。

もっと深く、思いの下に入ってゆき、

台風の目のような静かな場所で、この地球上での私たちの進化の過程を想像してみてください。

あなた方の体と同じように、私たちもまた、何億年という進化のたまものです。

何億年もの秩序ある進化のあとで、

核兵器が私たちの繊細な環境に与えた影響を想像してみてください。

それでもなお、私たちは人間とは親しい関係にあり、

人々に創造主からの生命の息吹を運んでいます。

完全なる静けさの中で、その息吹を吸い込んでください。

そして、すべての生命は一つであることに思いを馳せてください。

地球上の物質レベルでも、私たちが存在するより精妙なレベルでも、これは同じです。

すべては一つにつながっています。

静止しているものは何一つとしてありません。

特に私たち空気の世界では、動かないものは何一つないのです。

私たちをこうだと決めつけないで、お互いに理解し合いましょう。




# by raisinsand | 2018-04-07 08:48 | Comments(0)