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fave e olio

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暮れなずむ空が
私に 見て と言った気がしました

透明な藍のグラデーションが
地平近くを茜に染め
天頂に向かって墨を流し込んでいる

そんな光景に心がす っとして
まるで
いつのまにか築いていた心の壁に
風穴が通ったかのよう

夏至に向かって
夕暮れ時というものが
日に日に重要さを増していく気すらしてしまうのは
なぜだろう



今夜も、好物の空豆をさやから外してフライパンに並べ、
オリーブオイルを少々回しかけてさっと蒸し焼きに。
両面がきつね色になって火が通ると、
自然に薄皮がはぜて、
翡翠色の素敵な実が顔を出しているのです。
お皿にのせたらお塩をぱらり。
薄皮をはずしながら、
ほんのりオリーブオイルが馴染んだ実を食べるのは
この上ない幸せです。
ほっくりと仄温かい空豆と好相性なものと言ったら、、、?



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by raisinsand | 2018-05-22 20:48 | Comments(0)

citrus in may

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よく夢を見ます

日頃の気がかりなことが夢で物語られます

でもそれは悪くないこと

無意識層に沈殿してしまう前に

夢に見て水に流してしまったほうが

よほどいいのではと思うのです

そうして迎える朝

この頃のささやかな楽しみは

明るい黄色をした柑橘を

冷蔵庫からひとつとりだして

林檎みたいにくるくると皮をむいてたべること

土地によって日向夏とかニューサマーオレンジと呼ばれる

この柑橘が

ほんとうに好き。


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by raisinsand | 2018-05-17 20:50 | Comments(0)

she noticed

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一日が終わる頃

友人からのメールで新月だったことを思い出す

今宵は新月夜

月のリズムを感じようと心を澄ます

ゆるやかに寄せては引いていく遙かなリズム

今ここにもそれは波及して


そう思い起こすだけで癒やされ

一日の疲れも和らぎ心がひたひたと満たされるのだった。



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by raisinsand | 2018-05-16 07:26 | Comments(0)

my "roomplay" therapy

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ほぼウォーミングアップもなしに、
都会ひとり暮らしモードと仕事モードのスイッチをほぼ同時にオン。
そんな緊張から徐々に解放され、午後になって身体はふわふわ、
うなじから顎のラインにかけての断続的な痛み。
微熱の状態であることに気がつきました。
このくらいで済んでいる。大丈夫。

外出は延期して、
ダンボール箱から出した勢いでそのまま置いたりしていたものを、
新たにどこに置いたり並べようかとあれこれ考えて過ごしました。
いわゆる箱庭療法、でしょうか。
こうするとしっくりこないけれど、こうするといい感じ。。。
そうやって遊ぶことによって、癒やされていくのですね。
拾ったもの、もらったもの、買ったもの、作ったものなど、
それぞれへの愛着を感じながら、小さな私の世界をつくりあげていく。

今朝も早くからうぐいすの澄んださえずりが聞こえてきます。
いつも二羽が、それぞれ少し癖のあるさえずり方で鳴き交わしているように聞こえます。
姿は見えなくても、さえずりの愛らしさにきゅんとしてしまいます。


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by raisinsand | 2018-05-13 09:40 | Comments(0)

it's so soothing to me

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いつもより早くに目覚めました。
そしていつもよりお腹が空いていて、
冷蔵庫の中にかろうじて居残ってくれていたものを集め、朝食に。

それから、もうすっかりここの住人に戻ったとでも言うように、土曜のルーティーン。
洗濯や掃除をしながらウィークエンド・サンシャインを聴き、いつもより丹念にストレッチ。

なにも、どこからも指示がないまま、身体は自然と動きます。

仕事についてもそうしていくしかないと思い、
無理矢理自分を差し向けることは考えず、
ひとつひとつ芽が出てきたものを摘みとっていくつもりで一週間やってきました。
月曜日、私の頭の中はまっさらな更地(さらち)のようだったけれど、
それから毎朝更地にも太陽は昇り、大丈夫だよ~というあたたかな陽が降り注がれました。
太陽というのは比喩で、心細くしている私をあたたかく見守ってくれる人がいたということです。
お陰様というのは太陽のこと、と何処かで聞いたことがあるような無いような。

太陽にあたためられて、更地の下で眠っていた種たちがぽつりぽつりと芽を出しはじめました。

思えば、私にとって太陽はひとつではありません。
あの太陽、この太陽。そしてほんものの太陽。数えだすとたくさんあります。
太陽とは生命の源。ならば人生の源とも言えるかもしれません。
何かにつけてやってみないとわからない質で、失敗も多いのだけれど、
かならずどこかで太陽が昇り、あたたかな陽を届けてくれる、、、から人生も続くのですね。

さぁ、か弱き芽たち、これからも陽を浴び風に吹かれ雨に打たれることでしょう。
私は、必要なときに水を遣るか、不要なことをして枯らさないようにするだけです。
そうやって自然に添わせることが、弱い人間にとっていかに難しいことか。
学びながらの試行錯誤は続きます。
収穫の喜びを分かち合えるときはやってくるでしょうか。



ここにふたたび越してきてから、いつも糀水というものを常備しています。
生糀にミネラルウォーターを合せて数時間置くだけ、というものですが、
それを毎朝サーモスの水筒に詰めて、一日を通して少しずつ飲むようにしています。
飲むようになったからといって目立つ変化はありませんが、
糀水で喉を潤したときに感じるおだやかな清涼感がとても気に入りました。
糀の微生物がいい働きをしてくれているのでしょう。
糀水を教えてくれたのは母です。
明日は母の日。日頃の感謝の気持ちを、葉書で伝えることにしました。
上村松園の美人画のポストカードはきっと母好み。昨夜ポストに投函しました。



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by raisinsand | 2018-05-12 13:27 | Comments(0)

a moment

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そう。

あるのはたったひとつのものじゃない。

たったひとつの瞬間だけ。


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by raisinsand | 2018-05-06 11:20 | Comments(0)

there is a tide

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無造作に置いていた箱などを動かし、
家具を置くスペースを作ろうとしていたときのこと。

不意に、左ふくらはぎに強くぶつかってくるものがあり、
がちゃん!!!と大きな音。
箱と一緒に場所を変えたはずの姿見が、
倒れて大破したのでした。

細かいミラーの破片が、引越し荷物の間に散らばり、
目を覆いたくなるような、頭が真っ白になるような。

事始めにハプニングはつきものなのでしょうが、
この姿見破壊事件は衝撃でした。
かすり傷程度で済み、
その後、家具を運んできてくれた業者さんが
壊れた姿見の外枠だけでも持っていってくださったのが
大きな幸いでしたが。

いくつかのハプニングに手間取られ、
エネルギーをずいぶんと費やしたものでしたが、
大方片付き、椅子に座ってぼーっとしていたら、
ふと、なにかがすーっとハラに落ちていったように感じました。
前後がなめらかにつながった、というような、
よくわからないけれど不思議な感覚。

つながった、という感覚に安堵を覚えました。
と同時に、先日読んだばかりの"海からの贈りもの"の一節を
思い出したのでした。

・・・この振り子がふたつの反対の極のあいだをゆっくりと往復しているというイメージは、
ずべての人間関係の手がかりになるものではないだろうか。

ここには、すべての人間の繋がりにおける翼ある生命のこと、それが海のように永遠に
満ちたり引いたりすること、絶えず繋がったり切れたりするものであることを理解し、
受け入れるための暗示が隠されているのではないだろうか。

「変わらずにあるのは、心の生活だけである」と、サン・テグジュペリは言っている。
「精神は、全体的な明視と絶対的な暗闇のあいだを往復する。・・・たとえばここに、
自分の農場を愛する男がいる。しかし彼には、その農場が、たがいになんの繋がりもない
たくさんの物の集まりにしか思えない瞬間がある。また妻を愛している男も、その愛が
重荷としか思えない瞬間もあるだろう。音楽を愛する男の心に、音楽が届かないことも
あるだろう。」

わたしたちの感情や関係性の「真実の生活」もまた、やはり断続的なものなのだ。
わたしたちが誰かを愛していたとしても、同じ深さで、いつも愛しているわけではない。
そんなことは不可能であり、それができるふりをするのは偽りでしかない。

しかし、それにもかかわらず、わたしたちはそういうふうに愛されることを望み、
愛情や人間関係の満ち潮、引き潮に対してさほど自信がない。
潮が満ちてくるとそれに飛びつき、潮が引きはじめると引き止め、
二度と潮が満ちてこないのではないかと脅えるのである。

わたしたちは、愛や人間の繋がりが永遠に持続することを願うが、生活であれ、
愛情であれ、それが続くということは、成長や流動性や自由であることの中にしか
求めることはできない。

   ーGIFT FROM THE SEA by Anne Morrow Lindbergh





by raisinsand | 2018-05-04 08:00 | Comments(0)

gift from the sea

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譲りうけた本箱を改めて見回しながら、

前は気に留めることもなかった本が目に入りました。

『海からの贈りもの』アン・モロウ・リンドバーグ。

昨日はその本をバッグに入れ出かけました。

不動産屋での借り部屋の最終契約手続き、

郵便局への転送解除手続き(不在扱いで郵送物が送り返されていた!)、

そして区役所への転入届提出。

五月一日に区役所に行くというのは大きな間違いだったのでしょう。

区役所の混みようには辟易しました。半日は費やされた感じです。

本を読み、睡魔で気を失い、ふたたび読み、、、

各章の冒頭、短い文の一節に貝殻のイラストが添えられて、

そのゆったりとした行間に穏やかな海辺を感じました。



"あおい貝  Argonauta

・・・現在よりもっと成熟した人間の繋がり、ふたつの孤独の出会い"



"ほんの少しの貝 A Few Shell

・・・所有欲は、美しいものを理解することと両立しない"


"にし貝  Channelled Whelk

・・・どれだけ多くではなくて、どれだけ少ないもので暮らすか。


しかしわたしは、このにし貝を持って帰る。そしてコネティカットの家の机の上に置く。

そうして、質素な暮らしの理想を忘れず、この海辺で発見したことを続けるための励みにしようと思っている。

どれだけ多くのもので、というのではなく、どれだけ少ないものでやっていけるか。

わたしの生活に、またひとつ何か・・・仕事であれ、何であれ・・・を加えたくなった時に、

「それはほんとうに必要なものか?」と自分に問いかけるために。"


"そして女は、自分の本質をふたたび見つけ出すために、ひとりになる必要がある。

いろいろな人間関係の欠くことのできない核になるような固い結び目は、

そうやって見いだした自分というものであるのだから。"


この本を贈ってくれた友人に思いを馳せ、

これまで美しい浜辺で拾い集めてきた貝殻をあらためて愛おしく思い、

ひと巡りして戻ってきたこの場所で、

新たな自分との再会を果たしていこうと決意新た(!?)にいたしました。







by raisinsand | 2018-05-02 13:46 | Comments(0)

smile, and they say ...

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メイ・サートンの「独り居の日記」を手にとった時、

『今後』に対する私のイメージに光がうっすらさしこむ思いがして、

それからさらにしばらくの時を要した。

こうやってまさか前の職場、前の独り暮らしの家に戻ることになろうとは。

まだ私の中に"古い私"がいて、

"まさか、、、ねぇ"と言いたげではあるけれど、

これは様々な好意が寄り集まってひとつの扉が開かれたわけだから、

"今の私"はこの状況に口を挟む余地はないことを知っている。

微妙に揺れ動いているけれど、

今やるべきこと、明日やるべきことに向き合うだけの安定さもある。


思い悩む必要なんてなかったと思わせてくれる笑顔や「おかえり」の声に、

どれほど癒され励まされたことだろう。


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by raisinsand | 2018-04-29 09:18 | Comments(0)

homeward journey

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荷造り作業を始めてまもなく、筋肉痛があちらこちらに。

ナマケ癖をつけてしまったことがたたっています。

とはいえ今後のためのいい準備運動です。

ぶつぶつ言いながらも、ちょうど昨年の今頃と真逆のことをやっています。

久しぶりに和助さんにお昼に行きました。

山岡さんご夫妻のうつわ展が始まっていたからなのですが、

やはり出かけて、なによりの心の滋養となりました。

午後は体もよく動きました。

今夜は蛍烏賊と筍でささっとパスタ。

にんにくを効かせ、新鮮なパセリをたっぷりトッピングしました。


先日あるテレビ番組で、南房総で農業をされている方が紹介されていました。

私と同年代かな、という男性の言葉が印象的でした。

畑仕事や暮らしでも、趣味のタヒチアンダンスでも、

いきいきとダイナミックな個性を発揮していらっしゃるように見える人でしたが、

心からの想いを語っている、と感じられたのでした。


10のうち9の苦しみが続いたとしても、

残りひとつの幸せを見逃さないよう、澄んだ心で生きたい。


私はすぐ忘れてしまうので、

大切にしているものに書き込んで、また思い出せるようにしておきました。

これは、幾度となく、様々な人から、

それぞれの言葉で語られたのを聞いてきたはずなのです。




by raisinsand | 2018-04-20 20:51 | Comments(0)