" ko to da ma " letters






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今日も帰り道にきづきました

朝「おはようございます」を言ったきり

帰り際に「お先に失礼します」と言って

それだけだったということに


仕事に没頭するほど

それはひとり

文献の束と格闘しているということでもあります


そんな風にして

家に帰ってくると

部屋のテーブルの片隅には

たいてい

友人からの手紙や葉書なんかを置いていて

それらの存在に

ほっ と心安らぐのを感じます


"穏やかに 平かなお心でお過ごしと思います"

友人の筆跡で綴られる言葉には

あかるい光が宿っていて

そのともしびに心がほぐされます

そういう手書きのものを

なかなかしまい込むことができないのです。




横浜のこの家に落ち着いて

ふたたび

きらくに気分転換をと思うとき

大倉山にあるカフェに足を運ぶようになりました


チャイやミルクティーを飲みながら

落ち着いて読書を楽しめるうえ、

「古書フローベルグ」の本棚があり

なぜか今の自分にぴったりの本を見つけてしまうのです


先日は

志村ふくみさんの「薔薇のことぶれ ー リルケ書簡」

とその棚で出会い

今、手元に置いています


その本は

わたしにとって重要な記憶をたぐり寄せる内容を含んでいて

その古い記憶に

あらたなものを継ぎ足すことすらしてくれるのです



書簡というジャンルも

なかなか面白いですね

私自身手紙好きということもありますし、

手紙ほど

その人となりを感じさせてくれるパーソナルな表現は

あるのかなと思います



ことばはことだま


その言葉の背後に宿る

目には見えないけれど感じることはできる

なにものか

を、大切にしたい


メールでも

その人の肉声を感じるようなお便りは

大切に、何度でも読んでしまいます


"今日はカレーとなすの一本揚げというメニューでした

食事の豊かさは心の豊かさですね"


今夜はそんな友人のフレーズに

よし、私も今夜はなすをおいしく食べようなんて

ささやかなやる気をいただきました






by raisinsand | 2018-07-27 20:02 | Comments(0)