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昨日、あきこさんとは2度目になる日本民藝館を訪ねてきました。
日本固有の美意識が用の美というかたちであらわされている、民藝品の数々。
そして、いちばん広い展示室にならべられていた日本の古人形。
人よりも人間の匂いがするような、ちょっぴりわらってしまう、素朴な魅力を持った人形たちでした。
じっくり、ゆっくり、
それぞれのものたちと向き合って、じぶんはどんな印象をうけているのかを確かめながら、
となりにいるあきこさんが、どんな風に感じているのか、どんなことを言葉に表しているのか、ということから学びながら、
みてきました。

飯能から来たあきこさんは、東京はあたたかいね、と言っていましたが、
横浜に暮らすわたしにとっては寒い一日で、
空から小雪が舞い降りてくるような、そんな日の翌朝だったのです。今朝は。
いつものように目を覚ましてすぐ、カーテンをひいて南東の空に目を遣ると、
三日月、金星、そして透き通った、茜から藍へのうつくしいグラデーションの世界が繰り広げられていました。



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昨日のうちに炊いておいたおあげさんで、
おいなりさんをお弁当にこしらえました。

りんごのコンポートをデザートに。




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今朝は、ちょっとした、とっておきがありました。

ひとつめは、日本民藝館の後にあんやに行って、おみやげにひとつ買ってきた、
お茶のお菓子です。

楽しみがあると、朝の目覚めがずいぶんとすばやくなるものですね・笑。
おべんとうの支度も、ずいぶんとすばやく済んでしまいました。


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きみしぐれです。


あんやの後、かぐれに行きました。

そこでは、旅持ちの茶碗として使ってもよさそうな器に出遇いました。
ふたつめの楽しみです。

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これはいちおう、

その器でお茶をいただくための予行練習のつもりです。

(旧師走二十八日丙戌)
by raisinsand | 2011-01-31 08:46 | Comments(2)

sign

今週の始めに、すこしばかり体調をくずして、
気づいたことがいくつかありました。

ともだちが、具合はどうかと書き添えたメイルをおくってくれました。
ひとりぐらしのわたしの身になにか起こっているのではと心配してくれるともだちまでいました。
ありがたいなぁとおもいました。

親身になってくれるひとびとに物理的な距離をこえて囲まれている、ということを
できるだけ忘れないでいたいとおもいました。


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春の兆しを、からだの奥の奥では感知していたのかもしれません。

毎朝、お日さまが現れる位置が、ぐんぐんと北寄りに動き始めています。
外気温よりも、太陽が描く軌道とか、陽射しの勢いとか、
そういうものが表す季節の感覚です。

体調の異変は悪寒に始まり、なかなか鋭かった頭痛で終わりましたが、
一日休息を取った翌日は、
職場に向かう道すがら、スキップを踏みたくなるほどからだが軽くなっていました・笑。

ディスチャージだったのかな、とおもっています。
冬をすごしてきたからだの奥底に
自然と蓄積され、澱んでいるものを排出する作用です。

冬の寒さに耐えるため、

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中心へ、
奥へ、
深く向かおうとしていた流れが、
すこしずつ向きを変えようとしている、ということです。

そうやって、耐える体勢に入っていたからだを少しずつ緩めていって、春の本番をむかえるのです。

もうその準備にはいっているのですよ、
というサインだったのかな、とおもっています。

自然のサイクルに、からだも呼応できているのだとしたら、
それもまたありがたいことです。
このからだも自然の一部であることを、この身をもって感じているということなのだから。


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近所で、水仙の花をよく見かけます。
凛としたすがたも、かおりも、とても好きです。
花のひとつひとつが、水仙という"いきもの"のお顔のようにおもえてきます。
よく歩きながら、そのお顔ひとつひとつにご挨拶しているようなきもちになっています・笑。

水仙を植えているお庭では、よく木瓜もみられます。

ひっそりと、じつは力づよく咲いている花々を見つけるにつけ、春の兆しを確かめています。

先日のお休み中、久しぶりに手にとった、2年ほどまえの「うかたま」という雑誌に、
東城百合子さんのインタビューの記事がありました。

寒いなぁ、、、と丸まった背筋が ぴん と伸びました。


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—最後にうかたまの読者へ、メッセージをお願いします。

「あれやこれやに流されず、本物、つまりいのちをいただくことはどういうことなのかを自分でわからなくては駄目。
そのためには、炊事、洗濯、掃除など手を抜かずにこまめにすること。家族を思って大切に日々を過ごすこと。
たくさん本を読んで自分で勉強すること。
過去をしっかり振り返って足元を見直すこと。
よく学んで、よく生きてください。」

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(旧師走二十六日甲申)
by raisinsand | 2011-01-29 16:50 | Comments(0)

menu

けさも5時55分。
めざまし時計に起こしてもらいました。

まだ辺りは暗く、
天高く、金星と、半月よりもすこしばかり欠けたお月さまが、煌煌とかがやいていました。

夜明けの時間をしばしチャイを飲みながらすごし、身体ときもちのエンジンがあたたまったら始動です。


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ほんじつのおべんとうです。

ひよこ豆いり玄米ごはん、大根葉と紅生姜のふりかけ
れんこんの炒め煮
たたきごぼうの胡麻和え
ゆでたまご
ちんげんさいと焼き油揚げの和えもの


(旧師走二十五日癸未)
by raisinsand | 2011-01-28 07:51 | Comments(0)

doll

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のんびりついでに、お雛様をかざりました。
うさぎ雛。
ことしは歳女歳男ですね。

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、、、幼い頃から雛人形に親しんできました。飾られた人形たちに囲まれて、子供心に人形というものに
ある種の強い力を感じたのでした。それは畏れと荘厳であり、ある種の呪術的な力でもありました。
ですから私は雛人形というものは、けっして愛玩するものではなく、神そのものだと思っています。
もともと上巳の節句は、「ひとがた」に子供の病気やケガレを移し、水辺に流すことで健やかな成長を
祈った行事です。「ひとがた」がさらに変化し、子供の成長を祈るために、「天児」「這子」などの
信仰のための人形が生まれ、そしてそれが雛人形の飾りへと発展していったのです。
(なごみ 2008 3月号より。 祈りとわたしとお雛様 林駒夫さん)
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ふるくなりつつある数冊の雑誌のページをめくりながら、さらにお茶に想いを馳せているうちに、
日暮れの時間になりました。

もう頭痛も感じなくなりました。

あついほうじ茶をいれ、かがさんからいただいたかりんとうをお茶のお友に。
秋田県にかほ市の渥美菓子店のかりんとう。
冬にしかつくられないこのかりんとう、おいしいな。

冬。
毎朝日の出の時刻を待ち、
冷たい風が吹けば、いずれやってくる春を想う。
大地がふたたび息を吹きかえすそのときを。
寒さをこらえながら、このからだの奥の、芯のほうが充ちゆくのを、感じる季節です。
"待つ"季節もよい季節、たいせつな季節ですね。
by raisinsand | 2011-01-25 17:23 | Comments(0)

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今日はしごとをお休みにして、家にいます。
昨夜から悪寒と頭痛がはじまって、もう少なくとも半日は寝ていました。
ながいながい夢を見ながら。
日曜日の夜、帰りの道で雨に濡れたからかな、、、
目が覚めても、まだ、なにか異質なものがからだの中にいるような気がしています。
熱も咳もなく、ただただ頭痛がしています。
陰陽で言うと、つよい陰の症状が出ていると言えるのかも。
もしかしたらインフルエンザのウイルスがわたしのなかにいるのかもしれません。
もう10年以上内科にはかかっていません。
この程度だとまだかかる必要はないようです。
これまで培ってきた(!?笑)からだの免疫システムに頼りつつ、とにかく休息を第一にとおもっています。

昨夜もPCを立ち上げて、週末の夜に実家で観たテレビ番組のことをここに書こうとおもったのですが、
頭痛であたまのなかがまとまらず、集中もできなかったので、しばらく苦闘してあきらめました。
イグネ、ということばをその番組で知りました。
居久根と書いて イグネ。
仙台平野の田園に浮かぶ緑の島。
一軒の家を東北西とコの字に囲むように植え込まれた屋敷林。
ある家には、40種160本にもおよぶ樹々がその家を守っているらしい。
都市化をせき止める緑の防波堤。

一本切ったら、かならず一本植えること。
先祖代々たいせつに守ってきた掟。

杉や檜、欅の木を切れば、家になる。
胡桃や栗、柿にかりんなどなど、、、秋のめぐみをもたらす。
竹林にいけば、初夏のはじまりに筍がみつかるし、夏のお盆には、竹で筒をこさえてご先祖さまのお墓にお供えする花の花受けに。
山に入らないとみつからないようなきのこも、家の裏から調達できる。

春夏秋冬、孫・子・父母・祖父母・曾祖父母が営むくらし、
集落の人と人が織りなす、
その物語に、ふかくふかく心打たれました。

今も、ただただ心打たれながら、その映像を憶い出しています。

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過去を、ご先祖さまが築いてきたものを、
絶やしてしまってはいけない。

そんな想いに駆られながら、
今のわたしに何ができるのだろう、、、
まどろみながら考えていました。


週末、御殿場の和菓子やさんの工房で神楽舞と餅搗きがあり、
さっちゃんとでかけてきました。



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神楽舞は、たぶん村の数だけ、それぞれのかたちで存在してきたものだろうとおもいます。
MOA美術館で観たものとはまたずいぶんと、太鼓の調子も笛のしらべも、獅子も、舞いそのものも、
違っていました。
神楽舞に託されたひとびとの祈りはきっとおんなじ。
その土地その土地の醸し出すかおりが、舞いや笛太鼓の調子に個性をもたらしているのですね。
ふたたび、ほんとうは身近にあったはずの伝統に触れることができて、感謝です。

お餅搗きは、楽しみ ということに尽きます・笑。

和菓子職人さんたちが、お客さんたちの よいしょ のかけ声に合わせて、
ぺったんぺったんと搗いていました。

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ひとが集まり、
餅を搗く。

なんて楽しいのだろう。

かけ声でひとつになって、
想いが臼のなかに込められて、
みんなでたべるお餅って、なんておいしいのだろう。

おめでたいですね、ほんとうに。


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樹々に宿る神々が、杵と臼にも降りてくるのかもしれません。

ひと粒万倍のお米の、無数のつぶつぶが、杵の中でふたたびひとつになったおもちは、
聖なるたべものなのだとおもいました。

和菓子屋さんの特製のからみ餅とあんころ餅、さいこうにおいしかったなぁ。

イグネの番組で、長喜城という集落に暮らすおばさまがたが月に一度集まり、
持ち寄った煮物やお漬け物をつまみながらみんなでお話ししているシーンがありました。
あるおばさまが手作りのずんだゼリーをたべて「こんみりしている」と目を細めていました。
まろやかな、とか深い滋味、というような意味を持つそうです。

さすが羊羹の老舗の和菓子屋さんだけありました。
あんころ餅、こんみりしていました。

こんみりということば、すごく気に入って、使いたくて仕方ないのでした・笑。

(旧師走二十二日庚辰)
by raisinsand | 2011-01-25 12:31 | Comments(0)

mailbox

わがやの郵便受けは、わたしにとっての玉手箱。

なかなか会えないともだちから、手紙が届く。

手紙に混じって、おんがくやたべものも届く。

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昨夜しごとから帰ったら、

麻夕ちゃんからのちいさな小包が入っていました。

ゆうびんやさんが ぽとり と郵便受けに入れておいてくれたその包みを開けると、

てづくりのお茶のお友に手紙が添えられていました。



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てづくりのお茶のお友は、

ごまビスケットというなまえがつけられていて、

細長く整ったかたちをした、ハンサムな焼き菓子でした。





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あさ、ひと通りの支度もあさごはんも済み、

まだ時間があったので、

お茶の練習をすることにしました。


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これから陽気がよくなってきたら、

お茶を汲む、淹れる、ということを、この家で、あるいは外で、

たいせつに想うひとびとのために、たくさんしていきたいとおもうのです。

(旧師走十六日甲戌)
by raisinsand | 2011-01-19 08:24 | Comments(0)

frosty

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凍てつく朝にめざめる。

カーテンをあけると、むこうは凍てつく空。

瞬く金星。

凍てつく風。

凍てつく大地。

とにかく着込んでお茶の支度。

そしておべんとう作り。

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寒さがきびしく、野菜たちの生育もとてもゆっくりなのだそうですね。

我が家のかぶもブロッコリーもちんげんさいも、ベイビーたちです。
でもとても凝縮していて、とてもおいしい。

今朝はかぶのフライドライスを拵えてみました。
キウイフルーツもちいさなタッパーウエアにつめて、
ローズヒップとハイビスカスのお茶も魔法瓶につめました。


準備が整えば、しばし窓辺て背中をあたためて、
それから出発です。

(旧師走十五日癸酉)
by raisinsand | 2011-01-18 08:01 | Comments(0)

cacao

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カカオニブ、というたべもののこと、ご存知ですか?

たちよった食品店でみつけて、好奇心がもぞもぞしてきて試してみることにしました。

カカオ豆の外皮を取り除き、粗く砕いたものです。
ロー(低温処理された)カカオニブ。



はじめて口に運び、かりかりとかじってみると、ワインのあじがしました。

カカオに含まれているポリフェノールがそうさせているのだろうか・・・


カカオって、神秘的なたべものだなぁとおもいます。

チョコレートにもいろいろな逸話が残っていますよね。

ひそやかな甘美のひとときをもたらしてくれるたべものだから。

はるかむかし、マヤ文明のひとびとにとってカカオは神々のたべものだったそうですね。

ワインぽくてほろ苦い、この神秘的なたべもの、

朝にすこしずついただいて、

ちょっぴり寒さがつらくも感じられる、この季節を乗り切る助けになってもらおうかな。

(旧師走九日丁卯)
by raisinsand | 2011-01-12 08:24 | Comments(0)

yarn

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いつのころからか、

いとが

いとおしいものになりました。

ひとつひとつ

編み目ができてゆくのがたのしくて、

編み目がふりつもって、

ひとつのカタチになってゆくのがたのもしくて、

朝陽を背に受けながら、

すこしずつ、編みつづけています。

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あともうすこし。

レッグウォーマーはできあがりました。

手首ウォーマーも片方ができあがりました。

あともうすこし。
by raisinsand | 2011-01-11 07:53 | Comments(0)

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あなたが生きているかぎり

けっしてなくならぬものがある

命だ

あなたが居るかぎり

けっして居なくならぬものがある

命だ

あなたがどこに行こうとかならず

附そってゆくもの

それはあなたがこの世から外に出てゆく時も

そうなのだ  おおだから

勇気を持ちなさい

それはあなたが生きてゆくかぎり

かならずあなたをヘルプする

そして死ぬ時も  おお

あなたの命は先に立って行ってくれるのだ

なぜなら命のほうがあなたより勇敢だからだ  そして

あなたという自意識が

命という無意識に手をひかれて

あの邦へゆくのだ  なぜなら

命はあの邦からきたのであり

あの邦をよく知っているからだ

おお  勇気をだして  両腕をひろげ

抱きしめてごらん

あなたは知るだろう

命とは

愛のことだと

そしてそれは

誰ひとり

あなたから奪えないものだと

詩 = 加島祥造(グラフィック茶道誌「なごみ」2006年 12月号より)




ブランチのあと、あいちゃんが送ってくれた、sandiiさんのCDを聴きながら、編み物、ヨーガをすいすいとこなし、

ひさしぶりに古い雑誌を手にとってみました。

上の詩はその雑誌の巻頭にあったもの。


まだ妙蓮寺に越してきて間もないころのこと。

駅への道にある、こじんまりとした書店によく立ち寄るようになり、
通りに面した棚にたたずむ見慣れない雑誌「なごみ」にふと手が伸びたのがはじまりでした。

ぺらっと見開いたページから、真木千秋さんの作品が目に飛び込んできました。

深い藍の、あたたかな、ふんわりざっくりした布の質感がそのままに伝わってくる写真にもう目が釘付けになり、その雑誌を買って帰りました。

それが、2006年11月号。

それ以来、たまーーに買ったり、その本屋さんで立ち読みさせていただいています・笑。
by raisinsand | 2011-01-10 13:52 | Comments(0)