speechless . . . ,

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その旋律。

ふと手も足も止る。

耳に馴染みのあるものだ。

その店で、現在演奏中のCDがカウンターに置かれていることは知っていたから、

まっすぐカウンターに歩み寄り、

一枚、買い求めた。

家に帰ってあらためて聴く。

まるで砂漠にひとひずく、ひとしずく、

染みわたっていくかのようだ。

しばらく無音の生活が続いていたから。


(旧 葉月二十六日乙亥)




# by raisinsand | 2017-10-15 16:07 | Comments(0)

tohoku trip in autumn 2017 , IV



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産地で味わう山海の美味にお米、そして美酒。
移動に明け暮れた旅の中で、食事の楽しみは大きいものでした。
思い返せば、東北という土地柄が醸し出す風味だったのかもしれません。
新鮮な食材、ということもあったでしょうけれど、
心から美味しいと思ったものには"実直味"という共通項があったように思います。

帆立の貝殻を小鍋に見立て、貝の身を青菜や葱、きのこなどと共にお出汁で煮て、
味噌仕立てにした貝焼き味噌(かやきみそと呼ぶ)などは、思い出に残る味の一つです。
津軽ロマンというご当地米と朝食に供され、ご飯が進んで困るとはまさにこのこと、と思いました。

行きも道草ならば帰りも道草。
青森から山形まで、羽州街道を限りなく南下して、旅の最後は上山温泉に泊りました。
そこでも、その土地のたべものにはその土地のお酒、と思い、かみのやまのタケダワイナリーのワインをいただきました。
タケダワイナリーのワインは、以前続けて購入して飲んでいたこともあるほどで、
その宿で久しぶりに飲んでみて、やはり地産地消の美味に勝るものはないなぁと、ほんのり酔いしれました。
宿のかたに訊ねてみると、ワイナリーは宿から車で5分ほどと言うので、翌日、ワイナリーの売店にも立ち寄りました。

葡萄畑に囲まれたワイナリーは、昭和を越えて大正のものでは思われるような石造りの建物と、飾り気のない工房と倉庫が見えるばかり。
ちょうど葡萄の収穫の時期を迎えたばかりだったようで、収穫作業に向かう男女があちらこちらと固まって話をしている様子でした。
昔ながらの組合(?)といった風情に、密かに感動してしまいました。
売店にて、前夜美味しかったなぁと思った古木(樹齢70年)のベリーAを100%樽熟成、という一本を旅の思い出に。


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青森から秋田にかけての山道で、熊出没!という標識(看板?)ばかりを目にしながらの心細いドライブもありましたが、
金色の田圃と白い花咲くそば畑が織りなす実りの風景や、次々と現れる広々とした果樹園の間を走り抜けながら、
ただただ東北は広いなぁということを思いました。
そして、今は流通や技術が進歩して、当たり前のように東北の地からやってきた実りの産物を享受しているような時代ですが、
実りの季節を迎えた大生産地の空気を吸って、実際食べたり飲んだりしながら、ただただありがたいなぁ、と思ったのでした。
(2017.9.13-14)





# by raisinsand | 2017-09-24 13:27 | Comments(0)

tohoku trip in autumn 2017 , III

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どうぞ館内では写真などもご自由に。
そう声をかけてくれた受付員の他に、人影はありませんでした。
伊勢堂岱遺跡に立ち寄った際のこと。
展示スペースに陳列されていた土偶の、まろやかな造形の数々を前にして、不意を突かれてしまいました。
皆それぞれに特色あふれ、、、と言いますか、個性ありすぎ。素朴で大らか、表情豊か。

四方がガラスで大変見易いケースに収まっていたのが幸いだったのか、不幸だったのか、、、
この遺跡にいられる時間はあまりありませんでした。
その日挨拶に立ち寄ることになっていた親戚の家まで、まだ車を走らせなければならなかったし、
その後母の実家にも寄ってご先祖様のお墓参りをすることにもなっていたのです。
ガラスケースを前に、気ばかり急いて次から次へと目移りし、おろおろしながら結局写真を一枚撮ってタイムアウト。
でも、心の片隅で気になっていた場所をまたひとつ訪ねることができ、
伊勢堂岱遺跡のシンボル(?)の板状土偶にお目にかかれた上に、
どこか親しげでありながら謎のヴェールに包まれた土偶の魅力を垣間見て、十分だったと言えましょう。


昔、祖父と蛍を捕まえたり、星空を眺めたりした畦道に立って。
内陸縦貫鉄道来ないかなぁと思っていたら、来てくれました。
(2017.9.12)


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# by raisinsand | 2017-09-23 23:23 | Comments(0)

tohoku trip in autumn 2017 , II

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盛岡以北の東北道は初めてでした。
次第に山が迫り、勾配とカーブをより感じるようになるころから、高速に"ななかまど・ロード"の名がついて、
赤い実をつけたナナカマドの並木道を、さらに北へと車を走らせました。
夏の間何度か繰り返し読んだ本に描かれていたナナカマドを、こんな風に実感できるとは。
秋のナナカマドの美しさを教わりました。


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十和田湖を訪ねました。
東北地方を背骨のように貫く山地山脈の端っこに、だいぶ近くなったような所です。
この地で起きた火山の巨大噴火が十和田湖を形作っていったと聞きますが、
十和田湖は、私がこれまで訪れたことのあるどんな湖にも増して、静けさにつつまれているように思われました。
数千年前、あるいは数万年前は、途方もないマグマの海みたいになっていたのでしょう・・・?
その激しさの果ての静けさでしょうか。
神秘です。
湖畔の喫茶店で見かけたポスターや、お店でいただいた十和田湖のパンフレットにも、
枕詞のように十和田湖のあたまに「神秘の」と付いていたのですが、確かにその言葉の通りなのです。

発荷峠や湖畔から、ようやく訪ねることのできた十和田湖を心ゆくまで眺め、感じることができましたが、
やはり何と言っても、十和田湖の外輪山の最高地点である御鼻部山の展望台からの眺めは、よかった。
標高1011mとあって、車を止めて外に出たら季節を2, 3ヶ月早送りしたような冷たい風にびゅうびゅう吹かれましたが、
二重カルデラの内側の中湖と、中湖を囲む御倉半島と中山半島を真正面に望んで、胸がすきっとする思いでした。

夏は過ぎ去り、紅葉にはまだ早すぎる森や湖で、
木々は夏の間じゅう蓄え続けた精気を、まだじっと内にとどめながらも、どこか満ち足りたようで、
厳しい冬にはまだ猶予のあることをよろこび、長閑さを楽しんでいる風にも見えました。

p.s.湖畔にたたずむナナカマドの一本だけ、紅葉を少々先取りしてくれていました。
(2017.9.11)



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# by raisinsand | 2017-09-21 14:50 | Comments(0)

tohoku trip in autumn 2017 , I

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ルドベキア。
どこにでもよく咲いているし、向日葵のミニチュアのようにも思えて親しみを感じる花ですが、
この花にも花言葉があり、それは「見つめる」なのだとか。
上の写真、長いドライブの末にようやく辿り着いた、花巻の温泉宿の庭で撮りました。

圏央道を回って東北道に入り、それからのロングドライブ。
花巻は宮沢賢治や高村光太郎ゆかりの地であり、以前から訪ねてみたい場所がいくつかありました。
その中のひとつかふたつを訪ねられたらという気でいましたが、
早朝からのハンドルを握りながらの緊張と興奮に、気力をすっかり費やしてしまいました。
こんなに遠かったのだなぁ、、、これ以上は無理。そう思い直し、そのまま宿に直行して、
まだ空が明るいうちから湯に浸かり、それからしばしの散策を。
広いお庭にひとけはなく、下駄の足でやわらかい土の感触を味わいながら、
初秋の可憐な草花の間をゆっくりと歩いて回りました。

夜、宿のロビーにあった宮沢賢治の『なめとこ山の熊』を、部屋でゆっくりと読みました。
宮沢賢治の作品に触れると、心が しん と静まります。
それからもうひと浴びと、露天風呂へ。星見浴だなぁと空を見上げたら、流れ星がひと筋。
ほんの瞬きをするような一瞬なのに、その空の光景はいつまでも心に残ります。
(2017.9.10)


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# by raisinsand | 2017-09-20 12:14 | Comments(0)

花と月。

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花オクラをいただきました。
断面が星型にも見えるあの野菜とは別の品種で、
花を楽しむために育てられているのだとか。
大輪で、淡く透き通るようなクリーム色。愛でても美しいお花です。

食用にしてしまうのが勿体ない気もしましたが、
花びらをそっとはずし、そのまま味わいました。
爽やかな甘みと、あのオクラのほのかな青さ。

今夜は野菜のオクラのほうを、春巻きの具材にしてみます。
旬の野菜を、桜エビやチーズなどと一緒に巻き込む変わり春巻きは、
いつ頃からか定番のおかずになりました。
オクラバージョンは初めてです。

たしか一昨日は満月、昨夜は十六夜だったと思いますが、
月がそれは明るく感じられました。
不意に射られるような気配を感じて振り向くと、
優しくやわらかい月の光、というものはなく、
強い光が空からすべてを照らしているようで、
ぞくっとしてしまうほどでした。


(旧 水無月十九日己未)

# by raisinsand | 2017-08-10 15:53 | Comments(1)

緑陰の珈琲時間。

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木立にすっぽりと包まれた敷地に立つ母屋で、
ねじさんの珈琲と、自家製羊羹をいただきました。

珈琲に浮かぶ氷の塊は、
遠い海の氷山のようにも水晶の欠片のようにも見え、
まずは目に、涼をもたらしてくれました。
とろりと濃厚な液体を少し口に含むと、心地よい刺激が喉元を通過していきました。
ひと口ごとに、それまで身につきまとっていた暑さはほどけてゆき、
隣で同じものを飲んでいた友人と、
なんだかお酒を飲んでいるみたいね、という話になりました。

愛おしむように、
最後のひとしずくまで飲みきりました。


(旧 水無月十五日乙丑)



# by raisinsand | 2017-08-06 08:40 | Comments(0)

真夏の薔薇。

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こんなに暑いのに、一輪咲きました。
お庭で周りをいろんな植物に囲まれながら、
栄養は、たまに撒かれるお米のとぎ汁やお茶殻のみ。
そんな真夏の君は、いつもより小柄でスリムです。

毎日夜明けの空が白んでくる頃、
1羽の小鳥が近くにやってきて、
澄んだ声でおしゃべりみたいに聴かせてくれて、
そして行ってしまうのだけれど。
その声の主、小鳥の名は、
いつまでたっても分からぬままです。

(旧 水無月十三日癸亥)

# by raisinsand | 2017-08-04 16:36 | Comments(0)

from the ocean breeze, to the forest wind 3/3

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**26. July, 2017 (wed.)**

3日目にしてようやく、雲間から青空を望むことができました。
前日よりゆっくりとした朝のスタート。
志摩市磯部町にある伊雑宮へは、鳥羽から近鉄の各駅電車で向かいました。
20分強で上之郷に到着。ここも静かな無人駅でした。

なぜ伊雑宮(いざわのみや)に行こうと思ったのか。
それは先月読んだ鶴田真由さん著の「神社めぐりをしていたら
エルサレムに立っていた」に感化されてのことでした笑。
鶴田真由さんが数人のお仲間さんたちと「古事記」を紐解きながら
旅をしていたというのは、以前から何かで知っていたのですが、
それがやがて、ユダヤへと通じる超古代の世界にまで遡る、
壮大な旅へと進展していたのですね。

その「神社めぐりをしていたら・・・」に伊雑宮が登場します。
なにかと曰く付きの神社で、古くから伊雑宮の神職が、
「伊雑宮が日神(太陽神)を祀る社であり、
内宮・外宮は星神・月神を祀るものである」と言われていたのだとか。
さらに色々な仮説もあるそうで、
伊雑宮(イザワの宮)は「イザヤの宮」ではないか。
その昔、イスラエル王国がシリアによって侵略されたとき、
遙々シルクロードを渡り、日本に辿り着いた人々がいたということを
意味しているのかもしれない、とも言われているそうなのです。

歴史についても土地についても、ほぼ何も知らないに等しい私ですが、
そんな超古代のルーツを、想像をふくらませながら遡り、
ワクワクせずにはいられなくなっていました。

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はたして、伊雑宮は上之郷駅からも徒歩ですぐの所にありました。
そして、伊雑宮の鳥居の向かいに対となって立っている石灯籠には、
それぞれ六芒星が彫られていました。
これですか!?と、背の高い石灯籠を拝見いたしました笑。

伊雑宮は"元伊勢"とよばれる特別な神社で、
今伊勢神宮にいる神様が伊勢に定住するまで、仮に住まわれていた場所です。
そして毎年6月、この伊雑宮の御神田では、
御田植式と呼ばれる古式ゆかしい御田植えの神事が執り行われているそうです。
この伊雑宮の森も田んぼも、格別の気持ちよさがありました。

後から友人にメールで教えられたのですが、
ちょうどここを訪れた日は、マヤの暦の元旦にあたる日でした。
マヤといえば確か、太陽神ではなかったでしょうか。
伊雑宮の日神にご挨拶できた日が、マヤの元旦だった。
そんなことを後から知り、さらに嬉しくなりました。
またこの前日は、つまりはマヤ暦の"時間をはずした日"。
その日に外宮内宮や月讀宮をお参りできたのも、
何かのご縁だったのかもしれません。

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伊雑宮をひと巡りして時計を見ると、まだ正午前。
ふと、帰る前にもう一度、外宮に寄ってみようという気になりました。

前日と変わらず、やはり外宮の参道から人出は少なめで、穏やかな雰囲気。
気持ち新たに御正宮へ。
ちょうどお昼の時間帯だったせいか、真っ白な絹の御幌の前に立ったのは、
私ひとりでした。
その御幌の向こうからさーっと風が立ち、
純白の美しい織物がひらひらと手前に舞い上がりました。
そのまま風は吹き止まず、御幌の扉の向こうがよく見え、
心もまた、その向こうに釘付けになりました。
爽やかさと共に胸が一杯になりながら、
改めましてのご挨拶をし、正宮を後にしたのでした。

この3日間、最後はふくらはぎに筋肉痛を覚えるほどよく歩き、
またよく汗もかいたなぁと思うのですが、
すっかりデトックスできたのか、気づけば身体の内からすっきり。
心も軽く、明るくなったような気がしました。

夏の伊勢、よかったです。好きになりました。
またいつか、どんな季節に参ることができるでしょう。

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# by raisinsand | 2017-07-28 08:57 | Comments(0)

from the ocean breeze, to the forest wind 2/3

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**25. July, 2017 (tue.)**

前日の疲れは温泉でさっぱりと洗い流すことができたので、
気持ちよく朝を迎えました。
早々に宿で朝食を済ませ、まずは鳥羽から伊勢市に引き返し、
外宮参りからスタート。

相変わらず曇り空でも、紫外線の容赦のなさと言ったら。
帽子をかぶり、さらに日傘。
そして全方位から迫りくる蒸し暑さ。
ところが参道を突き当たり、火除橋を渡って鳥居まで来ると、
その先に続くは緑濃い聖域。
帽子も日傘も必要がなくなりました。

参拝者もさほど多くはなく、ゆったりと落ち着いた空気。
手水舎に立ち寄り、清々とした気持ちで御正宮へ向かいました。
ところが、いざ正宮の純白の絹の御幌を前に立ってみると、
戸惑いというのか、ぎこちなさというべきか。
恥ずかしくも、そのような参拝となりました。
その後、多賀宮への階段を上りながら、ようやく落ち着きを回復し、
さらに土宮、風宮と参りました。
そうやって巡りながら、
もう一度、豊受大御神さまにご挨拶"し直したい"気持ちが、
ふっと湧いてくるのを感じたのですが、
それもしつこいかもしれないと、
そのまま外宮を後にし、内宮へと向かうことにしました。

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それにしても、この緑濃い聖域内を歩けば歩くほど、
そして歩みをゆっくりにすればするほど、
汗のことも忘れ、気持ちよくなっていきました。
若い木も、年老いてどっしりとした樹も、
大地からすっくと立ち居並び、
それらがすべて、地球が立てた生命の柱のように思われてきました。
原生林なのですものね。
太古から受け継がれたエネルギーが巡り巡るこの地なればこそ、
それを頭の先からも感じたくて、
自然と帽子も日傘も、バッグに仕舞い込んでしまったのかもしれません。

そして日本人にとっての伊勢ということが、
少しだけ、分かってきたような気がしました。

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外宮を出たところで、ちょうどバス停に内宮行きのバスが見え、
飛び乗るような感じで乗車させてもらいました。
宇治橋を渡る前に、五十鈴川沿いのカフェで休憩。
真夏の平日にも関わらず、内宮への参拝者の数は、
外宮への参拝者を遙かに上回るようでした。
人々はぞろぞろと宇治橋を渡り、神苑を抜け、
手水舎や五十鈴川の御手洗場で清め、
揃って御正宮へ、という感じでした。
ところがなぜだか、内宮のお参りのことは、
後から思い出そうにも、
夢のおぼろげな記憶のように断片的で、
なんとも不思議です。
最後に参集殿でお茶をいただいて、
池の鯉を見て、
それから木華開耶姫命をおまつりしている神社と、
その隣にある、木華開耶姫命の父であり、
山の守護神という大山祇神をおまつりしている神社もお参りして、
参拝を終えたと言うことはできるのですが。

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# by raisinsand | 2017-07-27 21:31 | Comments(0)