what we achieve inwardly will change outer reality

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濡れた紫陽花、

濃く香るクチナシ。

気づけば脳内にアジア音楽が流れていました。

そのまま手持ちのインドネシアの伝統音楽のCDをかけ、

過ごす朝。

井上有一の書の展覧会に行ってきました。

日本橋三越本店6階のギャラリーで、6月21日(火)まで開かれています。

井上有一のドキュメンタリーの映像を、書に囲まれながら見ることができます。

すごくよかった。

今回の井上有一展のDMの、菜の花・高橋台一さんの文章がやはり、よいな、と思ったのでした。

ここに引用してしまいます。
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井上有一の書にはリズムがある。命を感じる。

とりわけ『貧』には人を元気にする力がみなぎっている。

おもしろい。

有一自身が言っているが、時には、

二本の足を先に書き、それから胴のように目をのせ、

最後に笠をかぶった頭を書いたと。

なるほど、上に行くほどかすれていく。

構築物のように貧が立ち上がり、

太っちょのおっさんが、

あたかも何処かに向かって駆けていく。

自分そっくりに見えてくる不思議。

有一の死の1985年6月15日の翌年、

俳人永田耕衣から有一を知らされ、

小さな「花」を手にした。

当時の自分は、億の借金をして、

「和菓子菜の花」を立ち上げたばかり。

手持ちの金は全て使い果たした時だった。

が、それでも欲しかった。

それから、たった一枚しか書いていなかった

「菜の花」の書を頂き、名刺や看板にし、

その書に元気をもらって今日まで来た。

何故、有一は2米にも及ぶ『貧』を書き始めたのか。

唐代きっての書家、顔真卿と精神的格闘の果てに

「体当たりでどっぷりと一字大きく書いて、

ようやく匹敵する力が出た」と語っている。

『貧』は初め顔をそむけたり、かしいだりしていた。

その後、踊り、跳ね、陽気に突き進んで、

自由自在に時代と対峙していた。

それは日本の高度経済成長に浮かれる世間に向かっての、

自分は違うぞという有一の覚悟、身構えだった。

「人間は今、貧のスバラシサに気づかねばいかん」と言った。

小学校教員で生計を立てながら、

売るためではなく、毎日愚直に『貧』という文字を書いた。

・・・

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(旧 皐月十三日庚午)
by raisinsand | 2016-06-17 08:54 | Comments(2)
Commented by 山翡翠 at 2016-06-19 10:04 x
ご無沙汰してます。
ただいま、妙蓮寺に向かって移動中・・・駅ではなくて、お寺の方。
(もちろん、駅にも行きますが)
目的が目的なのでやや不謹慎ですが、ちょっと楽しみです。
時間があれば、少し付近を散策したいところなのですが・・・
ちょっと難しいかな。
やっぱり、初めて行く街はまず歩く!に限ります。
Commented by raisinsand at 2016-06-21 18:32
山翡翠さん、
そうでしたか。妙蓮寺にいらしていたのですね。
少しでも街歩き楽しまれた(???)でしょうか・・・
わたしなど、お寺に用事がなくとも、日々電車を降り、
駅を出たらお寺、という環境が、いつも有り難いと思っています。
ほっとする、のひと言に尽きます。

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